ストック型社会と、市場を創る仕事
市場が見えないと、
市場づくりを始められないのはなぜか。
「誰が買うのか」「売上はどのくらいか」。その答えをつくるための活動も、答えがまだないことを理由に見送られていないでしょうか。
行動科学と組織研究を手がかりに、経験・評価・会議から、仕事が始まる条件を考えます。住宅・建材分野の例を通して、自社で確かめる点を整理します。
例えば、こんな会議
「市場があると分かったら、始めよう」
担当者「既存住宅の改修につながる相談を、住まい手や工務店と一緒に具体化したいです」
管理職「どの顧客から、どのくらい受注できる見込みですか」
担当者「それを確かめるために、相手と話し、提供できる内容を試したいのですが……」
課題を説明するための架空の会議です。
依頼する人、提供する内容、費用や役割をまだ組み立てている段階で、既存案件と同じ確かさを求められる。すると、見通しを具体化するための活動が始まりません。
市場を創るための活動が、市場が見えないことを理由に始まらない。
今回考えたいのは、この組織の判断です。
取引に対応する仕事と、
取引の条件をつくる仕事。
住宅や建物があり、改修する技術や商品があっても、それだけで新しい取引が生まれるとは限りません。住まい手が依頼できる条件と、事業者が提供を続けられる条件を整える仕事が必要です。
| 見る点 | 既にある取引への対応 | 取引の条件をつくる段階 |
|---|---|---|
| 誰に・何を | 顧客や依頼内容が、ある程度分かっている。 | 誰が何に価値を感じるかを、相手と確かめる。 |
| どう届けるか | 既存の経路・役割・手順を使い、調整する。 | 提供内容・費用・負担・役割を組み立て、試す。 |
| 次の判断の材料 | 受注、売上、納期、採算などを確かめる。 | 相手の反応、必要な条件、引き受ける合意、負担を確かめる。 |
既に取引が成立しているストック市場もあります。本資料は、ストックを活かす余地がありながら、関係や取引条件がまだ整っていない領域を扱います。表は両者を比べるための整理です。既存事業でも、新たな条件づくりは行われます。
なぜ、必要だと思っていても始まらないのか。
市場を創る必要性への賛成と、実際に時間や人を振り向ける判断は別です。研究から、次の3つの接点を考えます。
01 · 経験
着手前に分かっていたことを、今回も求める。
経験は仕事を判断する資源です。一方、認知研究には、慣れた解が別の解を探す際の注意を引きつける場合を示した実験があります。[1] 計算機モデルでは、不完全な見取り図も探索する方向を導きます。[2]
今回への当てはめ既存の仕事では先に分かっていた顧客や依頼内容を、市場を創る活動の前にも求めていないか。
02 · 評価
売上になる前の活動へ、時間を使いにくい。
探索は、成果の時期も結果も見通しにくい活動です。理論研究では既知の方法へ学習が偏る可能性が論じられ、事業を模した実験では報酬条件によって探索に違いが生じました。[3][4]
今回への当てはめ価値や提供条件を確かめた活動に、どのような評価や支援が返っているか。
03 · 会議・手続き
議題や承認条件が、考える対象を絞る。
組織の注意に関する理論では、ルールや資源、会議や手続きも、何に注意を向けるかを方向づけます。[5]
今回への当てはめ市場づくりの提案にも確かな売上見通しを求め、見通しをつくるための活動まで見送っていないか。
活動が始まらなければ、相手の反応や提供の負担を確かめる機会が得られず、市場を具体的に捉える材料も増えにくくなります。この循環がストック活用を広げる妨げの一つになっているのではないか、というのが本資料の仮説です。

住宅分野で考える · 架空例
依頼を待つ前に、依頼できる条件をつくる。
住まい手の改修依頼が、まだ具体化していないとします。担当者は「何が改善されれば利用したいか」を住まい手と確かめ、地域の工務店と提供内容、費用、役割を組み立てます。
- 価値を確かめる
住まい手が困っている場面と、改善したい状態を確かめる。
- 提供の条件を合わせる
相談・現地確認・見積り・施工後の対応を、誰がどこまで担うか相談する。
- 試し、次を決める
合意した範囲で試し、相手の反応と提供側の負担から、継続・変更・見送りを判断する。
市場形成の研究には、関係者が参加し、資源や引き受ける条件を持ち寄る過程で、市場の形が定まっていくモデルがあります。[6] この例も、価値・提供内容・負担・役割を関係者と具体化する仕事として捉えられます。

自社の一件で確かめる
最近、見送った提案を一つ思い出す。
「ストックの取り組みを増やそう」という方針だけでなく、具体的な提案がどう扱われたかを見ます。
何を始める提案だったか。
誰と、どの価値や提供条件を確かめる活動だったか。受注前の活動も、具体的な仕事として説明されていたでしょうか。
始めるために、何を求めたか。
その段階で確かめられる材料と、活動して初めて分かることを分けていたでしょうか。試す範囲・時間・負担・判断する時期は決まっていたでしょうか。
次に判断するために、何を確かめるか。
相手の反応、依頼に必要な条件、関係者の合意や負担を、どの範囲で試して確かめるか。誰が、いつ、継続・変更・見送りを決めるかも整理します。
現場で確かめるための実践提案です。提案・意思決定・取引の成立や継続を記録しながら、仮説を検討します。
手元で読む・職場で共有する
ストック型社会を広げる 市場を創る仕事
市場を創る仕事の意味、経験・評価・組織の注意、住宅分野の架空例、職場での確認点、一次研究6本の方法と接点を、図解とともにまとめています。
A4横・全9ページ/無料・登録不要。「PDFをダウンロード」で保存できます。
公開リリースを読む研究で分かっていることと、今回の仮説。
各研究は、認知・学習・評価・組織の注意・市場形成の異なる側面を扱っています。これらをつなぎ、住宅・建物のストック活用へ当てはめた説明は本資料の仮説です。ストック型社会への移行との関係は、今後、現場の記録を通じて検討します。
[1]Bilalić, McLeod & Gobet(2008)Why good thoughts block better ones. Cognition, 108(3), 652–661.
- 対象・方法と、示されたこと
- チェスの熟達者を対象にした課題と視線の測定。慣れた解があると、別の解を探すときも、その解に関係する箇所へ注意が向き続ける場合を示しました。
- 今回に用いる際の範囲
- 特定の課題で得られた結果です。経験者一般が新しいことを考えられない、あるいは住宅企業でも同じ過程が起きると確定するものではありません。
[2]Gavetti & Levinthal(2000)Looking Forward and Looking Backward: Cognitive and Experiential Search. Administrative Science Quarterly, 45(1), 113–137.
- 対象・方法と、示されたこと
- 経験から学ぶ探索と、行動と結果の関係を仮に描いて進める探索を扱った計算機モデル。不完全な見取り図も、探索する方向を導く役割を持つことを論じています。
- 今回に用いる際の範囲
- 人や住宅企業を対象とする実験ではありません。市場づくりにどのような見取り図が役立つかは、個別の実践で確かめる必要があります。
[3]March(1991)Exploration and Exploitation in Organizational Learning. Organization Science, 2(1), 71–87.
- 対象・方法と、示されたこと
- 探索と、既知の方法の活用を、理論と学習モデルで検討。得られる成果の確実さや時期の違いから、学習が既知の方法へ偏る可能性を論じています。
- 今回に用いる際の範囲
- 住宅のストック活用を直接調べた研究ではありません。既存業務の活用を減らせばよい、という一律の処方ではありません。
[4]Ederer & Manso(2013)Is Pay for Performance Detrimental to Innovation? Management Science, 59(7), 1496–1513.
- 対象・方法と、示されたこと
- 379人が事業を模した課題に取り組む実験で、報酬条件を比較。初期の失敗で報酬が減らず、後半の成果に報いる条件で、固定給や全期間の利益に連動する条件より探索が促されました。
- 今回に用いる際の範囲
- 実験課題での結果です。実際の企業での制度変更や、住宅分野の市場形成に同じ効果が出るかは別に検討します。
[5]Ocasio(1997)Towards an attention-based view of the firm. Strategic Management Journal, 18(S1), 187–206.
- 対象・方法と、示されたこと
- 組織のルール、資源、関係、会議や手続きによって、意思決定者の注意の向き先を説明する理論を提示しています。
- 今回に用いる際の範囲
- 今回示す「会議で見送られ、材料が増えない」という循環を実験で検証した論文ではありません。この循環は、本資料の組織についての仮説です。
[6]Sarasvathy & Dew(2005)New market creation through transformation. Journal of Evolutionary Economics, 15, 533–565.
- 対象・方法と、示されたこと
- 起業家の思考過程に関する研究やRFIDの歴史を手がかりに、関係者が参加し、資源や引き受ける条件を持ち寄る市場形成のモデルを提示しています。
- 今回に用いる際の範囲
- 市場形成の一般的な因果関係を確定した研究ではありません。既存の需要を発見する働きも含め、事業ごとに必要な活動を検討します。
