アート思考の現在地から、さらに深く
アート思考を、
もう一歩深く。
問いは、
つくることで変わっていく。
四つの問いを、研究と具体例から。
自分の仕事で確かめる手がかりを探します。
考えを形にしてみる。予想していなかったものが現れる。誰かが、自分とは違うところに目を留める。そのとき、つくり方とともに、「何をつくろうとしていたのか」も考え直すことができます。
アート思考の異なる考え方を読み比べ、制作の中で起きること、他者との出会い、探索を支える条件へ。研究と具体例を往復しながら、自分の仕事で確かめたい問いを探します。
01 / 異なるアート思考の関係
同じ言葉の下に、
異なる問いがある。
「何から始めるか」「何を行うか」「何を支えるか」をそろえると、それぞれの提案の特徴が見えてきます。

方法を選ぶ前に、何を探りたいかを確かめる。
新しい事業の構想を探している人、制作を通じて自分の価値観に向き合いたい人、日々の仕事に探索の時間をつくりたい人。同じ言葉に関心を持っていても、必要としていることは異なります。
そこで、提唱者の名前とともに、どの場面の何を変えようとしているのかを読みます。以下は、そのための比較です。SEDAモデルは、科学・工学・デザイン・アートを結ぶ理論として並べています。
| 考え方 | 起点何から始めるか | 活動何を行うか | 条件何が支えるか |
|---|---|---|---|
| 探索の余地をつくるAmy Whitaker | まだ行き先の決まっていない、大切な問い。 | 問いを探り、試みを重ねる。 | 時間や予算の枠、率直に話せる仲間。[1] |
| 制作・批評・展示Sylvain Bureau | 自分の価値観と、社会の当然との間にある摩擦。 | 作品を制作し、対話し、公に展示する。 | 未知のものを扱い、既存の考え方を問い返す経験。[2] |
| 研究開発の初期を捉えるRobbins & Sandberg | 何を目指すかも、まだ定まり切らない段階。 | 素材や身体感覚、複数の見方を通じて意味を探る。 | 前提を見直す学びを支える、組織と人材育成。[3] |
| SEDAモデル延岡健太郎 | 機能と、使う人にとっての意味を含む顧客価値。 | 科学・工学・デザイン・アートを結び付ける。 | 一つの領域に偏らず、価値を統合して捉える。[4] |
この比較から、本ページでは、「本人の内側にある関心」と「素材・他者・組織との関わり」の両方を見ることを提案します。個人の発想だけを見ていると、作品を変える素材の特性や、探索を続けられる条件を見落としてしまいます。
研究を深く読む提案の読み比べと、効果の比較はどう違うか。
Whitakerは著者本人のインタビュー、Bureauは実施機関の説明を参照しています。Robbinsらは概念を整理した論考、延岡は統合的価値を論じる理論的考察です。それぞれが重視することは読めますが、同じ参加者・条件で優劣を比べた結果ではありません。
デザイン思考と比較するときも、提唱者や実際の活動をそろえます。「問いをつくる」「試作する」「相手から学ぶ」という働きが、その方法でどう扱われているかを確かめると、名前だけの対比を越えて選べます。
ここからは、制作を通じて問いが動く場面を見ていきます。
目次へ戻る ↑02 / 鑑賞・制作の中で起きること
つくったものに、
考えを変えられる。
手を動かして現れたものが、次に見る場所と、問いたいことを変える。その往復をたどります。

考えを外に出すと、考えになかったものも現れる。
頭の中では、一つにつながっていた構想が、紙に描くと途切れて見える。立体にすると、正面からは見えなかった部分に気づく。つくることは、考えを確かめ直す機会にもなります。
RobbinsとSandbergは、芸術実践の特徴を七つに整理し、素材とのやり取りや身体を通じた理解も論じています。この七つは、順番に通過する工程ではなく、活動の特徴を捉える観点です。[3]
例 / 紙と光で、作品をつくる
「何を見せるか」から、
「どう見えてくるか」へ。
- 1
最初の関心
光が通る紙の立体をつくりたい。まず、形と明るさに目を向ける。
- 2
手を動かして現れたこと
紙を曲げると、背後に大きな影ができた。立つ位置を変えると、紙よりも、隙間と影が気になり始めた。見えない部分を確かめたくなり、自分が隙間をのぞき込んでいることに気づいた。
- 3
問いが動く
最初の問い
光の通る形を
どうつくるか。新しく生まれた問い
一部が見えないと、
人は何を見ようとするのか。 - 4
次の制作
隙間と照らす角度を変えた二つの作品をつくる。自分の見え方を比べ、見た人にも、目が向いた場所を聞く。
変わったのは紙の形だけではありません。何を確かめるためにつくるのかが、変わっています。
偶然を、次の探索へつなぐ。
予想外のものができた、その次が分かれ目です。気になった箇所を残し、素材・置き方・見る距離のどれかを変えてみる。並べて見ると、何が自分を引き付けたのか、少しずつ確かめられます。
問いが毎回変わる必要はありません。つくる前の関心を確かめ直し、続けると決めることにも意味があります。完成品だけでなく、途中の形や問いも残すと、その判断をたどれます。
研究を深く読む芸術家は、以前の作品の何を変えているのか。
YokochiとOkadaは、現代美術家28人(熟達者14人を含む)に、作品をたどりながらインタビューしました。制作の対象・方法・概念の変更と、創作を方向づける中心的なテーマとの関係を分析しています。
熟達者らの制作には、中心的なテーマをもとに新たな概念や作品群を展開する特徴が見られました。過去を振り返る面接調査なので、変化が起きた瞬間を直接観察した結果とは分けて読みます。[5]
仕事へ引き寄せるなら、「前の案から何を残し、何を変えたか」を比べる。その比較が、次に探りたいことを言葉にする手がかりになります。
鑑賞と制作の接点他者の表現に触れると、自分の見方はどう動くのか。
OkadaとIshibashiの描画研究では、見慣れない抽象画の模写や、時間をかけた鑑賞の後に、初心者の描画の創造性評価が高まる結果が得られています。著者らは、写実的に描くという制約が緩み、対象の見方が形成される過程を考察しました。
これは大学生の描画課題で得られた知見です。企業の成果へ広げる前に、どの表現に、どのように触れ、その後の表現が何によって変わったのかを確かめたい研究です。[6]
鑑賞を企画するなら、作品を見る時間と、自分の最初の見方を振り返る機会を用意する。作品名を知ることに加え、「自分はどこを見ていたか」を扱う、という設計が考えられます。
その形を誰かに見せたとき、自分が大切にしたことは、どう受け取られるのでしょうか。
目次へ戻る ↑03 / 個人の探究と、仕事・社会との接点
自分の関心は、
誰かの意味と出会う。
大切にしたいことを形にする。相手の受け取り方に触れる。その両方から、次の問いと提供できる価値を考えます。

大切にしたいことを、相手にも確かめる。
自分が面白いと感じたところを、相手は見ていないかもしれません。反対に、何気なく残した部分が、相手にとって大きな意味を持つこともあります。
Bureauの教育実践には、制作した作品を公に展示する経験が組み込まれています。自分の価値観から始めた表現が、他者の見方に触れる場として読めます。[2] 本ページでは、その出会いを、仕事で価値の仮説を考え直す場面へつなげます。
例 / 服の補修から、提供する価値を考える
残したいのは、
傷なのか、記憶なのか。
服の補修に取り組む制作者が、擦り切れた部分を色の違う糸で縫いました。使い続けた跡を、見える形で残すことに関心を持っています。
持ち主に見せると、縫い目を面白がる人がいる一方で、「普段は目立たないほうが着やすい。でも、この袖の手触りは残したい」と話す人もいました。理由を聞くと、「この服で出かけた日のことを思い出す」という話が出てきました。
つくり手が大切にしていたこと
使い続けた時間を、見える形にする。
相手の話から見えてきたこと
いつもの場面で着ながら、自分に分かる記憶を残す。
「補修の跡を見せる方法」から、問いを広げる
その人が残したい時間を、
どんな形なら持ち続けられるか。
どちらを、どの場面で選ぶかを聞いてみる。
提供する価値の候補は、使い続けた時間を外から見える形にすることから、「自分の記憶を、いつもの着方の中で残せること」へ広がります。次に確かめたいのは、実際に選ばれる形と、着続けられる条件です。
反応は、自分の考えを見直す材料になる。
相手が選ばなかったとき、原因を一つに決めないことが大切です。形が合わないのか、使う場面がないのか、説明と実物の意味が違っていたのか。相手が立ち止まったところや、選んだ別の方法から、次に確かめることを考えます。
一方で、芸術表現には、人々が当然と思っている価値を問い返す役割を託すこともできます。本ページでは、表現として何を探り続けるかと、仕事として誰に何を届けるかを行き来します。表現を探るときは、作品に寄せられた異論や違和感も、続けて考える問いになります。仕事として届けるときは、相手が選び、使い続けられる条件も確かめます。
研究と、仕事への接点意味のあるものを、使える形にする。
こうした探索を続けるには、本人の関心とともに、時間や裁量を支える仕組みが必要です。
目次へ戻る ↑04 / 研究から見える実践条件
探索の条件を整え、
その後を確かめる。
誰が、どこまで試せるのか。いつ、何を見て次を決めるのか。探索を続ける条件と、変化の確かめ方を一緒に整えます。

「試してよい」を、仕事の約束にする。
新しい考えが生まれても、確かめる時間がなければ、次の試行は始まりません。提案した本人がその後に関われるか、途中のものを誰に見せられるかも、取り組み方を左右します。
柤野らの国内大企業6社・12人への面接では、業務時間内の実践、発案者が事業化後も裁量を持つ仕組み、初期と事業化段階の評価の違いなどが報告されています。自分の関心や観察から事業を構想する実践を、当事者の語りから調べた研究です。[7]
この知見を手がかりに、職場で次の約束を具体化することを提案します。
探索を始める前に、具体化する四つの約束
- 01時間と材料
- 通常業務のどの時間を使い、どんな材料・場所・費用を確保するか。試すために減らす仕事も決める。
- 02本人の裁量
- 発案した人が何を選べるか。その後の試行に誰と関わり、どの判断を任せるか。
- 03途中を見せる相手
- 完成前に見せられる相手を決める。意図・見えたこと・別の読み方を話し、次の試行へつなぐ。
- 04見直す時期と材料
- 探索中は何が見えてきたかを確かめる。提供を広げる段階では、利用する人の反応、実現条件、続ける負担をそろえて判断する。
研究を踏まえた本ページの実践提案です。期間や予算は、扱う仕事に合わせて決めます。
何が変わったかを、三つの場所で見る。
作品ができたこと、見方が変わったこと、仕事で役立ったことには、それぞれ確かめる材料があります。終わった直後と、その後の仕事の両方を見る設計にします。
活動の中
見方や問い
見比べる記録言葉・スケッチ
最初と最後の言葉・スケッチを並べる。何に気づき、何を残し、何を問い直したか。
例:時間の跡を見せることから、持ち主が残したい記憶と着方へ。
次の仕事
選択と行動
確かめる記録次の仕事で試したこと
その気づきを、どの仕事で使ったか。確かめる相手、見せるもの、選ぶ方法がどう変わったか。
例:仕上げる前に二つの見本を見せ、着る場面を聞く。
利用する場面
相手の経験と負担
確かめる記録使い方・続ける手間
何を選び、どう使ったか。続けられたか。準備・費用・手間が誰に生じたか。
例:直した服を着る機会と、手入れ・補修の負担を確認する。
三つの変化を、自動的につながったものとして扱わず、実際の記録を見ます。以前の同じ仕事や、別の進め方の記録も比べると、変化の背景を考えやすくなります。新しい機材や担当者の交代など、ほかに変わった条件も残します。
研究を深く読む満足度と、学びの変化を合わせて見る理由。
Sandbergらは2022年、即興演劇と視覚芸術を使った二つの小規模な研修を調べました。満足度や有用性の評価は高かった一方、対話や不確かさへの対応などを質問紙で測った自己評価には、期待された一貫した改善が見られませんでした。後日の仕事での行動は、別途確かめる対象です。[8]
2024年の31研究の質的統合では、省察、認知・感情・対人面の学びが多く報告される一方、長期的な有効性を確かめる研究の必要性が示されています。対象は芸術を用いたリーダー育成です。[10]
読後に職場の実践を考えるなら、「参加者はどう感じたか」に加えて、「その後の仕事で何を試し、何を見て判断したか」を確かめる機会を用意します。
続ける・変える・いったん止める答えがまだ出ないとき、何を材料に判断するか。
途中で、問いが深まる場合も、同じ試みを繰り返している場合もあります。次に試すことが具体的になり、時間や費用の範囲に収まるなら、もう一度確かめる選択ができます。
反応が予想と違えば、対象・形・確かめ方のどこを変えるかを相談します。残る不確かさに対して、使える時間や費用が足りなければ、問いと途中の記録を残して、いったん止める選択もあります。
Whitakerは、探索に使う時間やリスクの枠をあらかじめ設けることを論じています。[1] 本ページでは、その枠と、試すことで新しく見えてきたことを合わせて判断する形を提案します。
読み終えたあとに
まだ言葉にならない関心に、
確かめられる形を。
最近、なぜか気になったこと。うまく説明できない違和感。いつもの方法では、捉え切れていないと感じるもの。その一つを、短い文章、スケッチ、手に取れる形にしてみる。
現れたものと誰かの反応を見て、何を続けて探りたいかを考える。四つの章を往復しながら、次の一回を選んでください。
根拠をたどる
このページで参照した資料。
原典の内容と、本ページで仕事へつなぐ提案を区別して記載しています。文献の確認日:2026年10月30日。
- 1Amy Whitaker / 2016
How Do You Create the Space for Creativity? ↗
Yale Insightsの著者本人へのインタビュー。本文を確認。書籍全体を要約したものではありません。
- 2ESCP Business School / Sylvain Bureauの実践紹介
Art Thinkingの方法、制作・対話・公開展示の説明 ↗
実施機関の公開記事本文を確認。方法の説明として参照しています。
- 3Robbins, P. & Sandberg, B. / 2023
Art Thinking: Amplifying the ‘R’ in R&D ↗
概念論考。原典本文の特徴・組織への提案を確認。Journal of Innovation Management, 11(1), IX–XXI.
- 4延岡健太郎 / 2024
SEDAモデルによるイノベーション:デザイン・アートを超えた統合的価値 ↗
原典本文、特にpp.63–64のモデルの定義・軸・統合の考え方を確認。組織科学, 58(1), 61–75.
- 5Yokochi, S. & Okada, T. / 2021
The Process of Art-making and Creative Expertise: An Analysis of Artists’ Process Modification ↗
原典本文の方法・結果・考察を確認。28人の回顧的な面接調査。The Journal of Creative Behavior, 55(2), 532–545. オンライン初出は2020年。
- 6Okada, T. & Ishibashi, K. / 2017
原典本文を確認。実験1は30人、実験2・3は60人のデータを一部共有。三つの独立した追試として数えません。Cognitive Science, 41(7), 1804–1837. オンライン初出は2016年。
- 7柤野太希・齋藤暁・岩本淳・伊藤早恵・小川智子 / 2024
原典本文、特にpp.90–91を確認。実践企業6社・12人の面接。国内企業全体の普及率を示す調査ではありません。グロービス経営大学院大学紀要, 3, 85–93.
- 8Sandberg, B., Stasewitsch, E. & Prümper, J. / 2022
Mind the Gap: Workshop Satisfaction and Skills Development in Art-Based Learning ↗
原典本文の方法・測定・結果を確認。二つの小規模な定量研究で、技能関連の指標も自己評価です。European Journal of Teaching and Education, 4(2), 1–14.
- 9リクエスト株式会社 / 2026
当社の操作的定義・実践提案。本ページの仕事への展開を位置づける資料です。
- 10Sandberg, B. / 2024
Outcomes of Art-Based Leadership Development: A Qualitative Metasummary ↗
PMC掲載の原典を確認。芸術を用いたリーダー育成の31研究を質的に統合。Behavioral Sciences, 14(8), 714.
